言の葉紡ぎのパラブログ

言葉で世界にかけ橋を。

渋谷で、町田で、下北沢で、漏出する劣等感が世界に自分を溶かし込んでいた

迂遠な書きもの #7

ただ歩いているだけで、劣等感を刺激される――そういう街が、いくつかあった。

例えば……渋谷、町田、下北沢あたりがそれだ。

そこかしこにひしめく飲食店が放つ匂いが混ざり合い、行き交う人々は鮮やかな色彩を身に纏う。そこにいる誰もが、自信に満ち溢れているように見えていた。

エネルギッシュな街がどうにも苦手だった

そういう街にいると、この相容れない世界が自分のすべてを否定しているような、そんなありもしない錯覚に囚われてしまっていた。

道行く人々に見下され、通りに並ぶ店からは拒絶されているような、どうしようもなく後ろ向きな錯覚……あるいは、被害妄想の類に陥っていた。

実際にはそんな事実はどこにもなく、自分は自分、他人は他人、ただそれだけだ。道行く人の誰もそんな視線を向けてはいないのだろうし、どこかの店に涼しい顔で入店したなら、誰が誰ということなく単なる一人の客として迎え入れてくれるはずだ。

それは本来言うまでもない当然のことで、冷静に考えれば十分に理解できているはずのことだった。店でいうなら、せいぜい新規客か常連客、迷惑客くらいの違いしかない。

けれども当時は、しばしばよく煮詰められた劣等感が溢れ出していた。自分が何者なのかわからなくなり、自らを形作る輪郭、自他の境界線が曖昧になる。まるで世界の中に溶け消えてしまうような、根拠のない不安感に支配されていた。

そんな暗澹たる気分にさほど陥らなくなったのは、いつからだったろうか。

たぶん、絶対に譲れない――否、譲りたくないはずの価値観を譲ってしまう残念な自分自身に嫌気がさした頃。「譲りたくないものは、絶対に譲らない」――そんな存在になりたいという願いとの邂逅があった頃からだろう。

なりたい自分になる。これほど容易で、これほど難儀なことはない。

人は育った環境や周囲の反応から「自分」を組み上げているから、思い浮かべたその「なりたい自分」なるものが真にそうなのかを見極めることは難しく、悩むことも多い。

こうありたい、こうはありたくないと胸の内から強く湧き上がる感覚があっても、それは環境の賜物であって「育てられた価値観」だといわれてしまえば、堂々巡りの禅問答は避けられない。

それでも、これが確かなものだと信じて拾い上げた瞬間、感じたのだろう。

少なくとも今、この瞬間は自分を生きていると。

今でも時折、劣等感の残滓が漏出しかけることがあり、その度に改めて強く願う。

ありたい自分であり続け、なりたい自分になることに正直でありたい、と。

そして人知れず気恥ずかしくなり、密かに少し愛おしく思う。

それは今よりも少し弱かった若き自分の息吹が、今でもまだ息づいている証なのだから。