PARABELL LIFE

ゆる哲学と丁寧の“Co民家”を運営するフリーランス・パラベルのポータル×コラムブログ

名乗りを上げたその瞬間、なりたいものへと続く道が拓ける

名乗りの魔力と続く道

なりたいものや憧れ、目指すべきところ。そういうものを抱く人は多い。

それは例えば職業でもいいし、趣味の高みでもいい。己の在り方や概念でもいいし、ともすれば、もっと広い意味で「生き方そのもの」でもいいだろう。

誰もがある日ある時、名乗りを上げる。

静かに心の中で、あるいは声高らかに名乗りを上げて、内なる希求に向き合うのだ。

心の中で名乗りを上げれば、道が現れる

言い換えれば、なりたいものになるための道を実際に歩んでいる人は、必ずどこかで名乗りを上げている。

わかりやすいところで、仮にあなたがWebライターになりたいとしよう。

ここは例えばエンジニアでもいいし、ミュージシャンでもいいし、YouTuberでもプロゲーマーでもスティーヴ・ジョブズでも、それぞれのお好きなように読み替えてほしい。

それこそ「誰かにとってのヒーロー」だっていい(俺はそういう、青臭くて眩しいやつがとても好きだ)。

話を戻して、心の中で「私はWebライターだ!」と名乗りを上げると、その瞬間に道が拓ける。この場合はもちろんWebライターへの道だ。

何もない平原に、なりたいものへと続く道が魔法のように敷かれていく。

意を決して一歩を踏み出すか、そしてどこまで歩けるか。途中で挫折するのか、一応なるにはなれるのか、それとも深遠にたどり着けるのかは……あなたしだいとしておこう。

心の名乗りと、声高らかな名乗り

ところで、心の中での名乗りというのは言わば自己暗示のようなものだ。

誰にも聞こえない心の中で「自分はWebライターだ!」と名乗りを上げても、当然ながら現実世界には何ら影響をおよぼさない。自分の意識をいくらか動かす、その程度だ。

対して、明確に誰かに伝える宣言としての名乗りは別次元の影響がある。

現実に名乗りを上げるにはそれなりの度胸や踏ん切りの強さが必要で、何より求められる覚悟からしてまるで違うわけだから、否が応でも意識が変わる。

声高らかに「我こそはWebライターである、仕事を賜らん!」と名乗りを上げれば、まさに遠からん者は音に聞いて近くば寄って目にも見る、そういう話になる。

その瞬間、あなたは「あの人はWebライターらしい」と認識されて、その一挙手一投足がWebライターのものとして評価される。

場合によっては早々に仕事の打診が舞い込み、そこまでいけば引っ込みがつかない。

経験や腕前の程度に関係なく、名乗りを上げた時点でWebライターとしての道に最初の一歩を踏み出してしまうのだ。

ちなみに「俺は君のヒーローだ!」系の名乗りを上げる場合は、相手を完璧にシビれさせるか、さもなくば完璧に終わるかのどちらかになる。慎重にやってほしい。

遠からぬ未来、自分に誇れる自分になるために

何をするにしても、新しく始めようとすれば最初の一歩目が一番難しい。

なりたいと願う何かがあっても、どうやって始めればいいのかわからず、大小様々な障害を前に躊躇してしまうと思う。

だからこそ、まずは名乗りを上げよう。

声高らかに名乗りを上げて、「なりたい」ではなく、「なる」でもない、「既になってここにいる」のだと自他ともに知らしめてやればいい。

あなた自身が、自分が何者なのかを認める最初の証人になればいいのだ。

そこから先は簡単だ。経験を積み、腕を磨き、名乗ったものに相応しくなるだけだ。

ときに、俺の住む町には「何度でも生き方は選べる」、そんなメッセージを掲げて活動を展開しているNPO法人がある。

まったくもってそのとおりだと思う。限度はない。

心に問いを投げかけて、願う生き方に向かって新たな名乗りを上げよう。

遠からぬ未来、日々訪れる明日という未来を自分に誇れる自分として迎えるために。