PARABELL LIFE

ゆる哲学と丁寧の“Co民家”を運営するフリーランス・パラベルのポータル×コラムブログ

人生という深い森を手入れして、幸せの成る木を育てていく

幸せの成る木を育てよう

人生とは、「幸せの成る木」を育てることだ。幸せ「に」ではなく、幸せ「の」だ。

幸せの成る木が何かといえば、自分にとって喜怒哀楽でいう喜や楽の感情を与えてくれるもの、人生の助けになるもの全般を指す。

例えば「充実できる仕事や趣味」や「関わっていて幸せな人」がそれだ。ポジティブな感情で満たしてくれるものすべてが、幸せの成る木だともいえる。

人生の最終目的は、きっと幸せになることだ

人生の最終目的とは何か、を考えてみると、それはもちろん人による。理想や目的、目指すところはそれぞれに違うのが当たり前で、まさに千差万別だ。

愛する人との生活、真理の探究、美しい風景との出会い、食の追及、心躍る体験、社会的地位や名誉の獲得……そういった個々の要素はあったとしても、結局のところ、いずれも最終的には「幸せになりたい」に帰結する。

幸せになりたいと、誰もがそう願って生きている。

自分にとっての幸せが何かを見い出せておらずとも、ほとんど本能的に人は幸せであることを望み、願いながら生きているものだ。

人生において幸せでありたいと望むなら、自分にとっての幸せの成る木を育てよう。

自分にとっての幸せが何かを理解する

自分のことを正しく、そして深く知ることは、言うまでもなく最重要だ。

自己理解を深めていくにつれて、自ずとストレスを抱えにくい体質に変化していく。

何がストレスになるのかを把握できれば、例えば関わり方を見直したり、思い切って環境を変えて遠ざけたりもできる。

ストレスを減らせば日常に感じる不幸の度合いは下がり、不幸の度合いが下がればシーソーのように幸福度が上がっていくものだ。

自分にとって何が幸せで、何が不幸にあたるのか。

この世界をより美しいものとしてその目に映すために、何を選ぶべきか。

それを正しく理解しているか否かで、今日や明日というごく短期間であっても大きな違いとなり、人生全体という長期視点で見たときには、途方もない差が生まれていくのだ。

人生という森の中で、幸せの成る木を育てていこう

目の前には、種類も大きさも様々な木々が生い茂った森が広がっている。

もう長いこと、誰も手入れをしてこなかった森だ。

そこには、見ているだけで心が満たされる「幸せの成る木」と、一刻も早く切り倒してしまいたいと感じる「不幸の成る木」が混在し、鬱蒼としている。

多くの場合、残念なことに不幸の成る木が幹を太らせ枝葉を伸ばし、幸せの成る木の成長を阻害している。

あなたは、いつでも好きなようにこの森を手入れする権利を持っている。育てる木の種類はもとより、その数までも思いのままにできるのだ。

幅を利かせる不幸の成る木を取り除き、幸せの成る木を燦然と輝く陽光で照らそう。

人生の森の中で、あなただけの幸せの成る木を育てていこう。

さて、そろそろ気づこうか。

望めば誰もがその権利を行使できるということに。

あなたにとっての幸せを実らせてくれる木を育てていく――そんな生き方をしよう。