PARABELL LIFE

ゆる哲学と丁寧の“Co民家”を運営するフリーランス・パラベルのポータル×コラムブログ

1周目しかない有限の人生で、無限の周回を重ねるように生きる

限りある無限の周回を

2周目、というゲーム概念を知っているだろうか。

RPGではおなじみの要素で、一般的にゲームをクリアした後、そのままの強さで最初から遊べることをいう(と同時に、バッドエンド後にやり直すことでもある)。

強力な装備や魔法・スキルを持ち越せるわけだから、ゲームの難易度は極端に下がり、純粋にストーリーを追うには最適だ。ゲームによっては、2周目限定の隠し要素もある。

人生における2周目の位置づけ

現実には、クリア後の2周目という概念は存在しえない。人生はまず一度きりと決まっていて、死んだらそこで終了だ。

もちろん、いわゆる「あの世」がないとは断定できないし、実は死んだ後にやり直しの選択肢が提示される……という可能性も、ないとは言い切れない。

ただ、ここで有無も知れない死んでからの展開を期待するのも、詮のないことだ。今は現実を直視しよう。

この2周目、人生上の様々な事象に対する「知識と経験、知恵と直感」という視点に立った場合、「ある」と考えられなくもない。

そう、バッドエンド後のやり直しという意味での2周目に限れば、現実にあるのだ。

例えば、何かで手痛い失敗をしたとしよう。事業でもいいし、人間関係でもいいし、DIYによるテーブル作りでもいい。死ぬほどの失敗でさえなければ。

失敗の経験を活かして改めて挑戦する様は、RPGでいうところの2周目に似ている。

2周目を意識したとき、世界が変わる

人は失敗を経験したとき、挑戦をやめるか、それとも再び挑むかを選ぶ。

必ずしも挑戦を続けるのが正解とは限らない。二度と挑まない、そういう選択を取るのもありだとは思う。

そこで諦めずに2周目に入ってみると、1周目とは世界が変わっていることに気づく。

そう、2周目に入ると1周目では見えなかったものが見えるようになるのだ。世界の見え方が広く、そして深くなり、まだ見ぬ自分に出会えたりもする。

重ねた経験と得た知識は、2周目に至ると1周目にはなかった知恵と直感を育み、そういった失敗の恩恵たちが、世界の見え方を変えていく。

1周目で得たすべてのものが、新たな段階へと自分を引き上げてくれる。

2周目を意識したその時から、世界の中での自分の在り方そのものが変化するのだ。

この世界に対して、自分にはどんなアプローチができるのか――それはすなわち、新たな可能性の萌芽だ。

人は生きている限り、人生の舞台で何度でも周回を重ねていける。まだ見ぬ世界に足を踏み入れたなら、そこでは成長を重ねた自分との出会いが待っているだろう。

有限の人生の中で、無限の周回を重ねていく

あなたは今、その人生における何周目を生きているだろうか?

何も考えずにただ日々を生きていると、同じような失敗を何度も繰り返してしまう。

まったく同じではなくとも本質的には大差ない、そういう失敗も回避できずに、ときには深刻な状況に陥ることもある。

人生は停滞し、充実や幸せの類は遠く手の届かない淀みに流れて消える。

この時代、ただ生きるだけならそう難しくはない。

やりたくもない仕事に就いて、理不尽に耐え続け、ひたすら我慢を重ねてさえいれば、生きていくには困らないだろう。

……そんな人生を、本当に「生きている」と認められるなら。

だからそう、今という1周目を活かして、より良い2周目に向かえばいい。

どの道、人は生きている限りは生きていくものだ。

どうせ生きるなら、厚みも深みも申し分ない、満ち足りるに十分な人生でありたい。