PARABELL LIFE

描いた「理想の暮らし」は、自分の力で組み立てる ―― そんなフリーランス・ライフ・ログ。

パラベルの詳細プロフィール&このブログについて(お問い合わせ先もこちらから)

パラベルのプロフィール

このブログは、タイトルどおりパラベルこと俺が人生で得てきたライフマインド、気づきや発見、気に入った何かなど、様々な発信をしていく雑記的な個人メディアです。

密かに「全人類に読まれたいな」と思っています。

しかーし!「そもそもパラベルって何なんだよ。誰?」という当然の疑問が聞こえてきそうなので、それにお答えするべく必要以上に詳しく書いてみました。

さて、このページでは、

  • これまでに歩んできた人生のこと
  • 今どうしていて、これからどうしていくのか
  • お問い合わせ先・SNS一覧
  • このブログの紹介など
  • スポンサー募集のご案内(わー!)

などを書いているので、興味を引かれたなら読んでみてください!

それなりに長いので、つまみ読みができるように目次を用意しました。目次の項目から興味のあるところがあれば、ぜひどうぞ。

おすすめの項目はというと、最初と最後、それからその間にあるやつは全部ですね!

パラベルについて

高知県・嶺北地域の山奥で、古民家をほどほどに修繕して暮らしている30代男性です。草を抜きまくっています。

好きなものは、多種多様な創作物。映画はもちろんアニメに漫画、物語は人生には欠かせません。ちなみに、昔は引くレベルの廃人ゲーマーでした。

インドアばかりというわけでもなく、

  • 山奥暮らしを選ぶだけあって自然が好き
  • 温泉旅行は至福の贅沢
  • それでいてデジタル&バーチャル・ワールドにも興味津々

内外対応型です。

そして! 猫が! 大好きだ!!

開業済みの個人事業主ですが、最近までは主に地域バイトをしながら生活していました。現在はブログ関係の仕事で収入を得ながら、いずれはこのブログの運営を本業にするために力を注いでいます。

ブログ関係の仕事って何? というと、

  • ライティングや公開前記事の校閲
  • 既存記事のリライト・ブラッシュアップ
  • カスタマイズ(主にはてなブログ)

このあたりをゆるやか~に手掛けたりしています。

以前は東京の中小企業(製造系)で課長職をやっていましたが、色々ありすぎたので2017年の初頭に退職。幸い、体の不調と心の致命傷程度の被害で済みました。

長年にわたり会社員として生きた東京を離れ、最近まで縁もゆかりもなかった正真正銘の田舎(山奥)暮らしに至るまでには、紆余曲折とそれなりの葛藤があり……正直なところ、生きていくのが本当に面倒になってしまった時期もあったほど。

そんな俺ですが、今では「やりたいことはいくらでもある」状態。30代半ばにして、ようやく人生に納得して生きられるようになりました。

ちなみに、知る人ぞ知る三軒茶屋のシェアハウス「ハイパーリバ邸」の創設メンバー&初代管理人(共同)を1年間担当。シェアハウスの運営・管理には強いかも?

今は限りある時間で全力を投入するために、「やりたいことだけやる期間」と銘打って活動を押し進めています。このブログはそのための発信基地、という側面もありますね。

パラベル

実際にやりたいことだけやれるのは、まだ先かな。

パラベルの人生はこんな感じ

これまでに歩んできた人生遍歴を大まかにまとめました。

いかにして「生きていくのが面倒になる病」を患い、そして克服し、今日に至るまでを生き延びることができたのか? その経緯の、大まかながらも結構長めの記録です。

両親の離婚と復縁、不安定に育った

生まれは神奈川県でしたが、両親の離婚により2歳から10歳までは中国地方のド田舎で生活していました。山奥暮らしに至る原風景、ここにあり(たぶん)。

いきなり物騒な単語を出しますが、母曰く、離婚が成立しなければ「心中」も考えていたらしいです。

いやぁ、こうしてブログを書けていてよかった!

その後どうしたことか、両親は復縁。神奈川県に戻ることになったわけですが……何しろ離婚当時の俺は、物心つく前の2歳児です。復縁時でようやく10歳。父に関する記憶がない俺にとって、実の父は「たまに遊びに来る優しいおじさん」でした。

そんな複雑ないきさつを経て「父」が復帰したものの、バブル崩壊の煽りを受けて経済的に不安定となった家庭にあったものは、行き場なく淀み、制御不能なほどにあふれ返ったストレスのるつぼ。

自分には何の価値もないんだ。

いつしか、そう思い込むようになっていました。

元々学校自体が苦痛でしかなく、進学の希望は一切なかった俺ですが、無理をして大学まで進学。「大学も出ていないやつはクズ」との父の狂弁に心をへし折られた格好です。

何しろ嫌々も嫌々、講義には意味を見出せず、まともに出席を続けられるはずもない。学生生活は無味乾燥の灰色でした。

夏頃になると、偶然見つけたアプリ開発補助のバイトとネットでの現実逃避に明け暮れるようになり、単位は一面の焼け野原。当然、進級は絶望的。

年度末までは何とか隠し通したものの、ついにすべてを知った父の猛烈な怒りたるや、いっそのこと死にたくなるほどのものでした。

迫られた選択は「留年するか、退学して家を出ていくか」の2択。

迷わず後者を選び「やった! 俺は自由だ!」と思いきや、これがまったくの大誤算。残念ながら現実はそこまで甘くはなく、それどころか過酷さを増していくばかりでした。

人生初の就職は鬱で終わった

手探りの就職活動でようやく見つけた就職先は、東京都内の中小企業。業種はざっくり「製造業」としておきます。

残業が平均80時間/月ほど、32時間勤務(朝から翌日の定時まで)を余儀なくされることもあったりと、振り返ってみると明らかにおかしい環境でしたが、本人なりに真面目に働いた結果、それなりに評価されたんですよね。

我ながらチョロいなと思いますが、評価してもらえたことが素直に嬉かったのを覚えています。部署異動を機にその認識はあっさり覆されますが……。

新入社員は定着しない、鬱で休職する社員が出る。異動先はそんな部署。

しばらく経つと、心身の変調が忍び寄ってきました。心は徐々に弾力を失い、体が出勤を拒むかのように食べたものを押し流すようになっていき……どうしても出勤できない。

再異動で元の部署に戻ることになっても、それで元どおりとはいかないもので。無給の休職期間を経て、最終的には依願退職に終わりました。

以来、無理をして半年働いては症状が再発し、次の半年を引きこもって食い潰す。そんな生活を2年ほど続けると、しだいに「もう社会復帰は無理かもしれない」と人生を諦めるようになっていきます。

別に生きていたいわけじゃない。とはいえ、死んだら死んだで迷惑がかかる。寝て起きるたびに意識が戻ったことを呪い、また意識を手放す……それが日常。

働かなければ破綻するとわかっていても気力は枯渇、間もなく生活費も底を突いて。

このまま死んだら迷惑をかけるだろうな、という後ろ向きな理由で父に土下座して、実家に出戻ることになりました。

ニート生活の果てに、少しだけ光が見える

あまりにも危うく見えたからか、それとも鬱の勉強でもしたからか、父に「3年までは何も求めずに待つ」と伝えられ、実家でのニート生活が始まりました。

今から考えるとありがたいというか、寛容な話だなと思えますが、「寝たらもう目が覚めないでほしい」と願っていたのが当時の俺。何はともあれ、何もかもが苦痛でした。苦痛を通り越していたかもしれません。

それからしばらくは、とにかく自室で嗚咽を押し殺しながら過ごしました。そうと悟られないように、誰かが部屋に入るきっかけを与えないように。

慰めてくれたのは、当時の飼い猫。甘えん坊なキジトラで、いつも喉を鳴らしてそばにいてくれたその子が唯一の救いでした。もしあの子がいなかったとしたら、無理だったかもしれないなぁ……。

数か月後、現実を忘れるために以前からやっていたネトゲを再開。長時間プレイしていると頭が麻痺してきて、現実のことを考えずに済んだから……たしか、そんな理由だったはずです。最長連続プレイ記録は32時間超、ネトゲ廃人でした。

美しく描かれた小さな世界で人間関係を構築し、記録を打ち立て、ある時は誰かを助け、またある時は別の誰かと戦う。サーバー上のデータでしかない仮想世界でのこととはいえ、そこにいたプレイヤーたちの存在と積み重ねた経験は、確かな現実でした。

そんな生活を続けるうちに、現実でも少しずつ外出できるようになっていき……そこで待っていたのは、いつかまでは見えていたはずで、しかしいつの間にか映らなくなってしまった景色の数々。

もしかすると、まだ何とかなるのかもしれない。

そんな微かな期待と拭えない失敗の記憶が交錯し始めた頃、「あの日」が訪れます。

いつ死ぬかはわからない、最も苦手なことをしよう

忘れもしない、2011年03月11日。

東日本大震災。

あの大惨事を(直接ではなくとも)目の当たりにしたほぼすべての人が、自分の中にある常識を破壊されてもおかしくない。それほどの出来事でした。日常観の崩壊、と言い換えてもいいかもしれません。

今日か明日にでも、死んでしまうかもしれない。それは普段は考えもしない、それでいて当たり前のこと。日常のすぐそばに潜んでいるはずなのに、埋没してしまう大切なことでもあります。

少し前まで「もう目が覚めないでほしい」と心底願っていた俺にとっても。

何かしなければ。生きている間に。

考えられるだけ考えて、昔から引っ込み思案で人前で話すのが何よりも苦手だった俺が選んだのは、被災地でのボランティア活動……ではなく。

バンド活動。

これができれば、何だってできるだろう。俺にとって、バンドというのはそういう類のことでした。実のところ「被災地ボランティアには自己完結能力が必要だ」という話があり、引きこもり上がりの俺では邪魔になるだけか、と尻込みしたのも事実でした。

機材代からスタジオ代まで、何かと金がかかるのがバンド活動。長らくガチのニートで、なけなしの小銭を復興支援募金に投じてしまった俺は本当に金がなく、ついに久しく諦めていた「働く」という超難題に挑戦する覚悟を決めます。

手元にあるのは、抱えきれない大小様々な不安とひと匙の勇気だけ。

ようやく社会復帰に成功したのは、それからまた数か月が過ぎた頃。奇しくも、それは実家でのニート生活開始から実に3年後、父がくれた猶予期間が終わる月のことでした。

心底くだらないと思う

そんなこんなの社会復帰先として就職した東京の中小企業で、5年ほど働きました。

バンドは空中分解に終わったものの、人前で話すのが苦手という弱点を克服したことも助けになり、激務の果てに2年で課長級まで昇進。終電を逃しては最寄り駅から40分も歩いて帰り、通勤時間が2時間半を超えることが何度もあるブラック企業ですが。

ブラックな環境だったこともあって、資産を作ろうと考えて日経225先物取引に手を出したりもしました。地合いの良さで4,000万円儲けて、しかし間もなくそっくりそのまま失って退場。4,000万円の残高がなくなる経験は貴重でしたね……リアルに笑ってました。

さて、会社では明らかにトチ狂った経営判断が連発されるようになっていて、それらに異議申し立てをすることが増えていました。やがて経営陣と真っ向から対立、折り合いがつかなくなります。

どれだけ業務を効率化しても、品質向上で成果を上げても、程度の低い経営判断ですべてが失われていく。月によっては200時間近くにも上る時間外労働、お飾りの報奨金制度に、恩着せがましく払われる僅かな賞与で誤魔化される安月給。

何だこれは。

実態とかけ離れた異常に高い評価だった部下の評価修正を提出したら、実は有力幹部の不倫相手で、その筋から圧力をかけられることも。上層部と関わるほど、臭いものを目にすることが増えていく。社員は社員で、口を開けば不満と愚痴、文句ばかり。

くだらない。

ただでさえ過労気味、更には板挟みの中間管理職、加えて腐敗にうんざり。絶え間なく注ぎ込まれる大量のストレスは、動悸などの身体症状に表れるようになっていきました。

上層部と対立して勝てるはずもなく、会議室に呼び出されては詰められる。そんなことが何度もあって、2016年末には心身ともに限界。当時ハイパーリバ邸のルームメイトだったぼりさん曰く「本気で心配になる」程度にはやばそうだったらしいです。

人生はかくも上手くいかない。

どうしてこんなにしんどいんだ、人生ってやつは。

こんなことがあっていいのか。何か、もっとこう……何かなんだ……!

ハイパーリバ邸でくすぶっていた話

ちょっと時系列が前後しますが、まだ会社員だった2016年の半ば、「ハイパーリバ邸」といういかにも怪しげな名前のシェアハウスを作るプロジェクトに参加していました。

ブログやTwitterのつながりで「家でも学校/会社でもない『第3の居場所』となるシェアハウスを作る」プロジェクトに誘われた俺は、残業まみれの会社員生活に変化を求めて6人の仲間とともに「クラウドファンディング」に挑戦。

結果として200万円ほどのご支援をいただき、クラウドファンディングは大成功。丸2年が経とうとしている現在も、ハイパーリバ邸は運営を続けています。

会社を辞めてからというもの、ハイパーリバ邸の共同管理人を務めながらブログの方向性で迷走したり、映画やアニメを観あさったり、やたらと長距離を歩いてみたり

何かを模索しているような、そのフリをして逃げているような、そんな曖昧な日々を過ごすうちに、徐々に募っていく焦り。

俺は今、ハイパーリバ邸を維持管理しているから。

それをはっきり進路を決められない日々の言い訳にしていました。

会社を辞めて自由に動けるようになったはずなのに、なぜか正体不明の閉塞感がつきまとって離れない。

おかしいな、どうにも生きるのが難しい。

そんな感覚に陥っている自分に、まず向き合う必要がありました。

振り返ってみると、何かを求めて足が向かう先は、どうしてかいつも「自然」か「作品」のあるところ。

それ自体が答えじゃないのか? このまま東京に居続けていて何が変わる? いつまでも試行錯誤していていいのか? その試行錯誤に本当に意味はあるのか?

そんな疑問と迷いを抱えつつ、偶然と縁で高知県・嶺北地域を二度にわたって訪問。

全力で助けを求めたら助けてくれた

最初は3日間の弾丸スケジュール、二度目は1週間弱の日程で現地を訪問。結果、思い切って移住に向けた活動を始めました。

今ここで動かなければ、もう動けない。そんな予感がしました。

迎えた三度目の訪問は1か月弱におよび、色々と良くしていただいた現地NPO法人代表・矢野さんのツテで空き家を確保。1年間を暮らしたハイパーリバ邸を出て、移住を完了したのが2017年の夏。暑さも盛りの頃。

それから9か月――移住生活は順風満帆とは程遠く、移住前に立てた計画は大幅に狂って頓挫。やろうとしていたことがほとんどできなくなる、そんな選択をした結果でした。

自分で蒔いた種だといっても、刈り取る気力はもう残っていないし、また就職してやり直しかと思うと心が折れる。どうしよう、後がない。

それでも、今までだって最終的には乗り越えてきた。そう、こういうときは苦手だと思っていることをやればいい。苦手の中でも最も苦手なことなら特に効く。そうすればきっとどうにかなる、どうにかできるはず。

半ばヤケになって、最も苦手だった「それ」をやってみました。

全力で、なりふり構わず人に助けを求めること。

すると、当面はほとんどメリットが見込めないのにスポンサーになってもらえたり、今後の糧にもなるブログ関係の仕事を多めに発注してもらえたりと、大きく身銭を切って助けてくれる人たちが現れるという展開に……!

これが本当にありがたくて、安堵のあまり全身の力が抜けるほど。リアルに椅子の上で膝を抱えながら「ああ……マジで……あ~マジか……」なんて呟きを漏らしていました。

だから今から、ここから、やりたいことを

そんなこんなで、それなりに人生色々あって、現在に至ります。

生きていれば、当たり前ですが色々あります。いいこともあれば、そうでないこと、そんな単純には分けられないことまで。

どちらかといえば、俺の人生はつらいことのほうが多かったような気がします。それはもうどうしようもない。何しろ既に起こってしまった、過ぎてしまったことですからね。

むしろどうにかできたらちょっと怖いので、それはやっぱりそのままでいい。それよりも大事なのは、まだ生きていること、できることがあるという事実。

だから今、もう一度始めています。心の中にある原風景とどこか重なって見える、水と緑豊かなこの場所を足掛かりに。やりたいことを選んで生きる、新しい人生を。

そうすれば、いつの間にか失い、忘れてしまった多くの何かとの再会を果たせるかもしれません。出会ったことのない自分を見つけられるかもしれません。

ただ自分が知らないだけで、新しい世界への扉はきっといくらでもあるはずだから。

そんなわけで、俺と同じように苦しい状況に陥った人や道に迷った人、すぐには収入にならない良いものを作っている(作ろうとしている)人のことを、少しだけでもいいから助けられるようになりたい。それが当面の目標です。

と言ってはみたものの、まずは自分が稼げるようになってから。

助けてもらう側から助ける側へ、必ずなります。すべては今、この場所から始まる!

パラベル

終わりなんかじゃない、始まったんだ……!

お問い合わせ先

内容にこれといった制限事項などはありませんので、例えば……

  • 何かやろうぜ!
  • パラベルに悩みを相談したい
  • 5,000兆円欲しい!!

などのご連絡もお気軽にどうぞ!(5,000兆円ない)

とはいっても、あまりにもアレな内容の場合は光の速さで丸めてポイします。

連絡先一覧
補足情報

メールアドレスは「★」を「@(半角アットマーク)」に変えて送信してください。

ソーシャルアカウント(SNS)

パラベルのSNSアカウントを紹介します。

主戦場はTwitter、それ以外は閲覧専用や記録用が多いです。

Twitter

考えや想いなどを奔放に発信中、ツイート頻度は日によってかなりムラがあります。

普段はフォロワー数の話をまったくしませんが、実際は増えるとかなり喜びます。減ると気にしないふりをしながらそれなりに落ち込みます。

Instagram

旅先の風景や惹かれた何かをCanonのコンデジで撮って載せていましたが、細かい制限を煩わしく感じてしまってすっかり幽霊アカウントに。

note

現在は購読専門ですが、そのうち創作したい欲はあります。書くなら掌編小説かな。

Filmarks

視聴した映画と興味のある映画を淡々と登録しています。

採点やレビューはしていませんが、履歴から好みの傾向がわかるはず。

Annict

同じく、視聴したアニメと興味のあるアニメを淡々と登録しています。

こちらも採点やレビューはしていませんが、履歴から好みの傾向が丸わかりですね。

このブログについて

冒頭でも書きましたが、このブログ『PARABELL LIFE』は人生で得てきた様々なことについて発信していく、雑記的な個人メディアです。

雑記的ながら、主なテーマは「理想の暮らしを組み立てる」です。

開設のいきさつ

会社員時代の終盤、仕事中心の生活を続けるうちに「このまま残業まみれの会社員生活を続けていくのか?」と疑問を抱いて開設したのがこのブログ、の前身のブログでした。

前身のブログはWordPressで開設。設定とカスタマイズを終えた時点で燃え尽き、記事を書くこともなく閉鎖しました。サーバー・ドメイン代を払い、毎日残業で疲れ果てた心身に鞭打って作ったというのに、多少の知識を残してすべてが水の泡。

その後、設定やカスタマイズに時間をかけすぎることがないように「はてなブログ」で再開しました。はてなブログを選んだ理由は、色々と調べて納得したのはもちろん、『今日はヒトデ祭りだぞ!』から結構な影響を受けたから。

それもあって、これまでに何度か記事を削除してブログを刷新してきましたが、このインタビュー記事は必ず残しています。当時を懐かしむ貴重な資料になっている……かも?

数字関係

2018年06月に運営を再開した当ブログですが、その前月(2018年05月)時点での閲覧数は、2,000PV/月ほどでした。

更新を停止してから1年以上が経過し、更に4記事だけ残して運営を再開したため、過去最高の18,361PV/月と比べてPV・UUともに激減しました。

ブログ界の限界集落状態なので、とりあえず記事を書いて人を呼び込んでいきます。

運営再開早々にこの記事がややバズり、単一記事で6,000PVほどを記録したので、少し気が楽になりました。

……。

えっ? しゅ、しゅうえき……? 何それ?

はいはい、収益ね、収益。わかるよ、うん。そんなものは!(今はまだ)ないぜっ!

パラベル

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しかしながら、当ブログの掲載情報を用いて行う一切の行為、およびその結果に関して、運営者は一切の責任を負いませんので、ご了承ください。

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パラベルのAmazonほしい物リスト

ここだけの話、ほしい物リストからギフトを貰って喜んでいる人をタイムラインで見るたびに、密かに羨望の眼差しを向けていました。

いつしか「本格的にブログを再開したら、俺もほしい物リストを公開するんだ。段ボールが山積みになるくらいギフトを貰うんだ」と夢想するようになり、ついには「どうして俺には誰からもギフトが届かないんだろう」と思い詰めるまでに症状が悪化しました。

パラベル

届くわけないだろ、公開してないんだから。

そんなわけで、本格的にブログを再開したのでついに公開できました! これで5,000兆個くらい届くかもしれないと思うと、期待と緊張で死にそうです。