PARABELL LIFE

描いた「理想の暮らし」は、自分の力で組み立てる ―― そんなフリーランス・ライフ・ログ。

疲れて限界だ、無理だと思ったら「助けて」と言えばいい。それは悪いことじゃない

助けが要るなら、言え!

実は人に助けを求めるのが非常~に苦手な俺ですが、最近まで色々あって。まぁ、限界を感じていたんですよ。これはもうダメかもわからんね、と。

限界集落在住なだけに。

それで、どうせダメになるならいっちょ覚悟を決めて苦手なことをやるかと思って、恥も外聞もなく助けを求めることにしたわけです。

その結果、大変ありがたいことに同じ町に住むイケハヤさん、それから同じ山に住むぶんたさんに助けてもらえて、文字どおり助かりました。その節は本当に感謝しています。

おかげ様で、

パラベル

また失敗した、もう人生めんどくさくなる……。

から一転し、

パラベル

おっし、やったるわー!

と、劇的に楽になった上にやる気もみなぎってきたので、助けてもらうために必要なことや助けを求めるとはどういうことかについて、考えをまとめました。

助けが必要? だったら助けを求めろよな!

結論としてはこれで終わりなんですが、世の中には本当に困ったときでも助けを求められない人がごまんといます。もうびっくりするほどいます。

そういう人たちにとって、人生はとてつもなくきつくなる。最終的に死を選ぶ人があとを絶たないのは、今や誰もが知るところでしょう。

ダメなんですよ、そんな世の中は。受け入れたくない。

この記事を読んでおけば、これから先の人生で困ったとしても、助けを求めるのが少し楽になるはずです。ひいては、人生そのものを楽にしてくれるかもしれません。

人に助けてもらえない3大要因はこれだ!

まずは「困っているのに助けてもらえないのはなぜか?」を見ていきます。

いわゆる「人間のクズ」のような人物の場合、もちろんそれ自体が助けてもらえない原因なので除外します。むしろ積極的に見捨てられる可能性すらあるので、改めましょう。

人に助けてもらえない3大要因
  • 周りから見て「助けが必要」だと判断できない
  • 助けが必要だと思えても、助けていいのか確信を持てない
  • 明らかに助けが必要でも、助ける自信がない・恐怖に負けて動けない

さて、本人の人間性は除くとして、助けてもらえない要因は大体この3つです。突き詰めてみれば、ほとんどがこのどれかに当てはまります。

加えて、人を助けるかどうかの場面に直面したとき、多くの人は意識・無意識の両方でかなり強めにブレーキがかかります。生存本能として基本的に自分が一番かわいいので、どうしてもそうなると。

人を助けられるのはその本能を超えられた人ですが、実は「助けてくれ!」と伝えるだけで超えてくれる人がかなり増えるんですよね。この記事のメインテーマはそのあたり。

周りから見て「助けが必要」だと判断できない

当たり前の話ですが、「この人には助けが必要だ!」と判断されない限り、助けてくれる人は現れません。当たり前すぎてほとんど意識はされませんが、これが重要。

例えば、

晴れの日に歩いている、特に困った素振りもない健康そうな人

に対して「大丈夫ですか? 手を貸しましょうか?」なんて申し出る人はいませんね。

仮にいても「何だこいつ」とか思われて終了。

反対に、

嵐の日に大荷物を抱えて途方に暮れている、腰の曲がった老人

を見かけたら、放っておけない人は少なくないでしょう。助けるとまではいかずとも、多少は気になるはずです。

という具合に、助けてもらえない最も基本的かつ大きな要因は「助けが必要だと見なされていないこと」なんですよ。意外かもしれませんが、これが最大。

あなたが「助けが必要とは思えない人」を助けないように、ほかの誰かも「助けが必要とは思えないあなた」を助けようとはしない。

本人の現実はかなり深刻な状況にあって、切実に助けを必要としているのに、なぜか周りからはそうは見えない。だから助けてもらえない。この図式はわりとありふれたもの。

助けが必要だと思えても、助けていいのか確信を持てない

実はさっきの話で「大体もういいかな?」くらいなんですが、せっかくなので別方向の話もしておきます。

誰かを助けようとする前に「この人には本当に助けが必要だろうか?」とか「助けてもいいのかな?」と、助けるべきかを考える人は多いです。

迷っている間に先を越され、一人で勝手に居心地が悪くなる残念エピソードは誰しも一度や二度は経験したことがあるはず。

迷いを振り切って、または迷うことなく颯爽と手を差し伸べたとしても、

  • そもそも助けは必要なかった
  • 余計なお世話だと迷惑そうにされた
  • 関わりたくないやばいやつや
  • 怒られた・文句を言われた・逃げられた

こんな残念展開もしばしばあるからか、即断できる人は少ないのが現実。

確認するまでもないほど、明らかに助けが必要な状況だったら?

その場合は必然的に残念展開に終わる可能性が低くなるので、相対的に助けてもらえる可能性は高まるでしょうね。

例えば、

  • ベランダから落ちかけている
  • 道路で血を流して倒れている人がいた
  • 目の前で轢き逃げ事故が発生した

こんな場面に直面したとして、あなたならどうしますか?

助けるか、直接的には助けないとしても、少なくとも人を呼ぶはずです。

何もしなければ見殺しですしね。

中には「面倒事に巻き込まれたくない」という理由で避ける人もいますが、「これは助けてもいいパターンだな」と確信できれば助けてくれる人はいます。

やや乱暴にまとめてしまうなら、要は「失敗したくない」ということでもあります。

明らかに助けが必要でも、助ける自信がない・恐怖に負けて動けない

助けようとすると重大なリスクや強い不安がつきまとうレベルの状況下(例えば火事や大事故、自然災害、身の危険のある犯罪)だと、普通は躊躇います。

特殊な状況下で生きてきた人や訓練された人、飛び抜けて強靭な精神力を持った人、あるいはその瞬間だけ吹っ切れた人……そういったある種の「普通じゃない人」にしか助けられない状況はあります。

  • 助けられずに死なせてしまうかもしれない
  • 巻き込まれて大ケガをするか、最悪死ぬかもしれない
  • 金銭的に大損をするかもしれない

助けてほしい切実さは極限に達するのに、助けられないのもやむなしの類。

もちろん助けられたらそれに越したことはないですが、「どうして助けなかったんだ!」と責められても困るほかないし、本人には見殺しにしてしまったという理不尽な後悔が残るわけで、それを責めるのも酷というもの。

失うことを恐れずに助けるのがいいのかどうかはまた別として、極限の状況下でも人を助けられるのはごく一部の人だけです。ほとんどの人には無理。

事の大小に関係なく、何一つ失わずに人を助けることはできません。得るものがそれに相応しいもの、例えば人命だったとしても、失うかもしれないものがあまりにも大きいとなれば動けなくなります。

それでも「助けてくれ!」と叫んでおけば、結果がどうなるかはともかく助けようとしてくれる人が現れる可能性が生まれます。大事なのはそこです。

絶望的だった可能性を、少なくともゼロよりはマシに底上げしておくこと。

パラベル

人はね、過度に期待するほど温かくはない。でも、悲観するほど冷たくもないんだ。

人に助けてもらうために必要な3大要素はこれだ!

そういうわけで、人に助けてもらえない3大要因を裏返してみると、人に助けてもらうための3大要素になります。それだけ。たったそれだけですよ。

それだけのことが、誰かに助けてもらえる可能性をかなり高めてくれます。

人に助けてもらうための3大要素
  • 助けが必要だと判断してもらう
  • 助けてもいいんだと確信してもらう
  • 見殺しにするよりマシだと思ってもらう

わかりますか?

つまり!

パラベル

助けてくれえぇぇーーー!!!

と伝えること!

これですよ、冒頭から書いているとおりですが。

それもできるだけ切実かつ明確に、誰もが疑いの余地もないほどに、それこそ「助けないなんて嘘だよな」と思ってもらえるくらいに、助けを! 求めるんだ!

いや、黙っていても手を差し伸べてもらえることはありますよ。たしかにあるにはある。そういうことだってあるでしょう。

でも、それは奇跡です。普段から自分のことを本当によく見てくれている人がいないと、まず期待薄です。

よしんばそういう人がいたとして、更には幸いにも手を差し伸べてくれたとしても、やっぱり自分から助かろうとしなければ助かりません。

助けてもらうことは悪いことでも後ろめたいことでもない

助けが必要なときに助けてもらえるかは、助けを求めるかどうかで相当左右されます。仮に差し伸べられた手があったとしても、その手を取らなければ助かりません。

当たり前だ、と思いましたか? 当たり前ですね。

当たり前のはずなのに、助けを求めることができない人が大勢います。手を取れば助かるのに、なぜかそれができない人もいます。だから生まれたのが、この記事なんですよ。

  • 本当に助けが必要なら、遠慮なく助けを求めること
  • 助けてもらえそうなら、遠慮なくその手を取ること

それは悪いことでも後ろめたいことでもないし、恥ずかしくも何ともないことです。

それが言えたら苦労しないって?

よーく知ってるよ、そんなことは。でも言おう、いいから!

助けを求めれば、あなたのことを大切に想っている人や必要としてくれる人、ほかにもお節介な人が助けてくれるかもしれません。あなたの求めに応じて絶望の淵から救うことができたなら、その人たちは間違いなく幸せでしょう。

もちろん、誰一人返事をしてくれない可能性もありますよ。

勇気を振り絞って助けを求めたとして、絶対に助けてもらえるかといえばそんな保証はどこにもないです。

かえって絶望を深めるだけかもしれないし、余計につらくなるだけかもしれない。最悪、ダメ押しの一撃になって、何もかもが嫌になるかもしれない。

そればっかりはね、やってみないとわからない。

それでも、助けてもらえるかもしれないのに黙って潰れて再起不能なんていうのは、やっぱりダメなんですよ。何というか、それはあまりにも勿体ないし、悲しい。かつての俺がそうだったように。

だから、困ったときに助けを求められるように覚えておいてください。

本当に助けが必要になったなら、とりあえずダメ元でいいから助けを求めればいい。

そんな、ごく当たり前のことを。