PARABELL LIFE

ゆる哲学と丁寧の“Co民家”を運営するフリーランス・パラベルのポータル×コラムブログ

カッコいいと思える自分でいる、それが人生の主人公になる最低条件

人生の主人公になるために

あなたの人生の主人公は誰でしょうか?

そう問いかけたとしたら、ほとんどの人が「えっ、何言ってるの? そんなのもちろん自分でしょ?」と答えるはずだ。

さて、はたして本当にそうだろうか? この人生における主役は間違いなく自分だと、事実を根拠に胸を張って言える人は、一体どれだけいるだろうか?

カッコよくなければ主人公にはなれない

もしあなたが自分で自分をカッコいいと認められないのなら、自信がないなら、あなたは人生の主人公になれていない。

例えるなら、それは感情移入しながら観ている映画、あるいは一人称視点で進めるゲームのようなものだ。

人生の主人公になるための絶対必須条件、それは「カッコいい自分であること」だ。

これは顔が抜群にイケメンだとか、スタイルが最高にいいだとか、服のセンスが素晴らしいだとか、そういう外見上の話とは別だ。

もちろん、それらがあるに越したことはない。イケメンは単に自信を持ちやすく、あれば有利な属性なのは間違いない。これは誰もが認める現実だろう。

ただし、ないならないでまったく問題もない、そういうパーツでもある。

そう、ここでいう人生の主人公というものは、あくまで精神的になるものだからだ。

カッコいい自分であるということ、それは信念や美学と呼ばれる「精神的な指針」を持つことを意味する。

何度も揺らぎ、迷い、立ち止まり、失敗を重ねながらも最後には磨き上げた信念と美学を貫き通す。そうして、やがてエンディングを迎える者たち――。

それが主人公であり、現在の役どころが何であっても、強く望んでなろうとすれば、誰もが人生の主人公になれるのだ。

主人公になれば、人生上の問題のいくつかは解決する

人生の主人公になれていないなら、つまり誰かの人生の脇役に甘んじているわけだ。

自分で定めた精神的指針を持たず、一般的な価値観や正義、あるいは特定の誰かに従属・依存しながら役を演じている。

そんな状態で、自信を持って振る舞えるだろうか? どだい、無理な話だ。

鍛え上げられた信念に裏打ちされた言葉は、そうでないものに負けたりはしない。理屈を超えて、ときに正論をも覆す超・説得力を発揮する。

磨き上げられた美学は、不退転の覚悟を与えてくれる。己が何者であるかを支える根源、その双璧が一つとなって、取るべき選択を示す標となるだろう。

もしあなたが未だ人生の主人公になれておらず、そしてなりたいと強く望むなら、まずは自分の中にある信念と美学を抜き出してみるといい。

これがそうだ、と思えるものを見つけたら、信念を鍛えて美学を磨こう。

そうして手にした確固たる精神的な指針があれば、既に人生上の問題のいくつかは自然と解決できるようになっている。

その手には、借り物とはまったく違う、輝ける自分だけの専用装備があるのだから。

ときには弱さや情けないところを見せればいい

主人公とはいえ、常にカッコいい自分として振る舞い続けるのは難しいのが現実だ。

先にあったとおり、何度も揺らぎ、迷い、立ち止まり、失敗を重ねるながらも進んでいくのが主人公だ。過度な無理を重ねれば、人生の物語は続かない。

たまには何もかも忘れてゆっくり休み、準備を整え、それからまた新しいページをめくるのもいいだろう。

さて、そろそろ目覚めの時間が近づいてきている。

もう、気づいているはずだ。

ずっと以前から、あなたが主人公として目覚めるその日を今か今かと待っている存在に。そんな「内なるあなた」が、心の奥底にいることに。

最初は頼りない信念でもいい、薄っぺらく思える美学だっていいだろう。

それらはあなただけの物語を紡ぎ始め、いつかの未来で主人公になれるはずだから。